被災地の取材報告(ズラ写真あり)

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ハイエースの後部座席に耳をつける格好で仮眠していた。

震災後の東北自動車道は整備され通行可能になったけど、50メートルに1カ所くらいにあるコンクリートのヒビ割れ修復部分を通過するたび、ガタンガタンと、飛び上がるくらいの衝撃がある。後ろに積んでいるタンバリンがヒビ割れを通るたびに元気な音がする。

もちろん仮眠どころじゃないし、80km/h以上スピードは出せない。物資を積んだハイエースにはキツい。

21:00に横須賀を出発して、宮城県南三陸町に着いたのは翌8:00くらいかな。

仙台市内は前日の大きな余震のせいで停電。
信号機が、どちらかといえば当たり前のように消えていた。
まだガレキの処理がぜんぜん出来てないんだ。
もう1ヶ月も経つのに、3月11日の震災から撤去作業がとまっているんだな。
目に映る世界があまりに衝撃的で、車から降りて写真を撮った。

グシャ。

生たまごを踏んだ。
生たまごが落ちてるって、想像できなかった。

仙台市中野?
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仙台から南三陸町まで高速で行こうと思ったけれど、時間もあるから一般道で松島を通って行くことにした。眠気は、震災の大きさに圧迫されていた。

松島、石巻を通って、途中で通行止めになっていたので、
少し引き返して、有料道路を通って目的地へ。

ナビではあと2キロくらいで目的地となったころから、ものすごい風景が目に入ってきた。

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街に入ると、言葉を失うものだった。

南三陸町の港町1
南三陸町の港町3

避難所、支援物資を受け入れる場所となっていた南三陸ベイサイドアリーナへ向かった。
ここでは自衛隊や、1週間交代のボランティア団体などが支援していた。
支援物資は山ほど届く。ひっきりなしにトラックが来ていたよ。

問題は、「仕分け」するスタッフが足りない。
近隣で自宅避難してる人や、小さな施設で避難している人たちに届けるために、自衛隊が稼動している。それ以外に輸送手段がないということ。

この日はボランティア団体のイベントで、食事以外に「わたがし」「たいやき」「やきとり」「フランクフルト」「フルーツポンチ」「生野菜」などを配ったり、風船や紙飛行機、音楽、桜の花などを用意して笑い声があった。

大物国会議員がSPに囲まれてあいさつにきていたけれど、地元のボランティアからしてみれば、やっかいもの扱いだ。これで仕分けスタッフの手配が出来るようになったのかな?とおもったら、そんなところは見ていないようだった。じゃまな存在に見えたのはボクだけじゃないよね。




南三陸町の炊き出し風景

当たり前だけど、県外から来たボランティアは、提供している炊き出しなどの温かい食事に手をつけることは出来ずに、買ってきたパンやお菓子を食べている。

ボランティアなら当然だろ! と思うかもしれないけど、そんなことを1週間も続けていれば、長続きはしない。これからまだまだ支援が必要なのであれば、すこし考え直さなければならないことだと思う。

焼鳥1本、被災者無料、ボランティアは100円(そのまま募金にまわす)。
とかでも良いのではないだろうか? 支援物資は倉庫に山のようにあるのだから。

あとボランティアも考え直した方が良いと思った。
この先のことを考えたら、ボランティアをする方にも生活がある。

ボランティア団体に支援金を送り、有料ボランティアとして、支援する労力を安定させた方が良い。自治体をボランティアの関係性が出来ていないのも、支援物資がまわらない原因でもあるからだ。

被災者のストレスを少しでも解消し、
復興できるように効果的な協力をしたいと思いました。

南三陸町の港町4
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南三陸町のかつら男
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